A delightful mistake








「あれっ?」

目の前の人物に、ハイドは思わず声をあげた。



*



その日の朝、ハイドはベッドから起きあがると
向かいの壁にかけられたカレンダーを見た。
その好意はもう一週間以上続けられていて、日課のようになってしまった。
そして、またこれも日課のように、大きく溜息をついた。

これからハイドはレコーディングの為にスタジオに向かう。
本宅的に始まった、ラルクでのアルバム作成の為のレコーディング。 溜息を零したのは、別にそれが嫌な訳ではない。

すっきりしない気持ちの原因は、愛おしい人に会えないこと。

ソロ活動を主としていた次期は、頻繁に逢えないことも理解できていた。
けれど、BANDでのレコーディングが始まってもその悩みはさほど解消されなかった。
入れ替わりに、レコーディングに入ることが多くて、
相手がオフの時は、どちらかが仕事。
そんなことも多くなかった。

「てっちゃん・・・」

居ないところで呼んでみても、何の意味も成さない恋人の名前を呼んでみる。
最後に逢ったのは何時だっけ?
と改めて考えてみて、ハイドはまた大きな溜息をついた。

もし、神様なんて者がいるのなら・・・愛しい人に逢わせて。




*



いつもより少し重い足取りで、スタジオへと向かう。
見慣れたドアを前に、一つ深呼吸をしてドアノブへと手をかけた。

「あれ?」

ドアを開けた瞬間、ハイドは思わず声をあげた。

「てっちゃん!?」

そう目の前に居るのは、何度も逢いたい逢いたいと願ったテツだった。
テツもハイドと同じように、驚いた顔でハイドを見ていた。

「ハイド?」

そう聞き返された声を心地よいと感じながら、
もしかしたら、神は本当に居るのか?
なんて、ことを頭の中で思った。

けれど、そんなハイドの思想は次の言葉で散っていった。
まぁ、始めから神の存在を信じているわけではないけれど・・・

「ハイド、日にち間違えた?」

「え?」

そう言って、部屋の中から来い来いと手招きをするテツの元へとかけよる。
ほら、とテツが手にしていたスケジュール表をハイドに見せた。
のぞき込んでみると、そこには確かにテツのレコーディングを著わす表記。

「うそっ」

慌てて、自分のスケジュールを見返す。
空しく開いたその空白にハイドは苦笑いを浮かべた。

「あちゃ〜、間違ったぁ」

ははは、と情けなく笑うハイドに、テツも同じように笑った。

「ま、ええやん。こうやって逢えたし〜v」

そういって、軽く唇に口づけをする。

「ん・・・ぅん・・・・」

唇から始まり、頬へ額へ・・・と唇は幾度もハイドの肌を行き来する。
その行為を懐かしく想いながらも、ハイドはテツを止めた。

「てっちゃん、レコーディングやろ?アカンよ?」

そう言ってテツの顔を引き離すハイドに、拗ねたような表情を返すテツ。
ハイドとて、逢いたい、逢いたいと願っていた人と逢えて、
もっと触れ合っていたいのは、もちろんだったが、やっぱりそういう訳にもいかない。

ふくれた頬に、一つだけ軽い口づけをして、

「ね、見ててもええ?」

「ええけど、暇やろ?」

テツはそれで機嫌を直したようで、ようやくベースへと手を伸ばした。

「平気。邪魔はせんから。頑張ってな。」

返事をする替わりに、額に口づけをしてテツはレコーディングへと向かった。

ガラスを一枚挟んだ向こうの、テツはもう仕事の顔つきに戻っていた。
先ほどまでは、あんなに柔らかい表情をしていたのに。
一度、仕事に入るとテツは表情を変える。
一緒に居るときに、向けてくれる笑顔もテツ自身。
そして、音楽を前にしたキリとした顔もまたテツ自身。
ハイドは、我が恋人ながら、その表情に見とれる。

愛おしくて、愛おしくて、何度も何度も逢いたいと願った人物。
もっと、もっと、傍に居て
もっと、もっと、触れ合っていたい。

自己の指の動きを見つめるテツを、ハイドもまた見つめていた。
ふと、テツが顔を上げてこちらを見た。
視線が合って、テツがまずにこりと笑った。
その笑顔につられるように、ハイドも目を細め口の端を上げた。


しばらく時間が経って、ふと時計に目をやる。
そろそろ、休憩かなと思いハイドは席を立つ。

コーヒーを手に、部屋に戻ってくると
テツはガラスの向こうではなく、こちらに移動していた。

「急に居なくなるから、帰ったのかと思った〜」

そういって、ほっとした顔をするテツを見て
ハイドは嬉しくなる。

「寂しかった〜?」

少し誇らしげにそう問い、ハイとコーヒーを渡す。
ありがとうと、テツはそれを受け取った。

「今日、一緒に帰らへん?」

コーヒーを熱そうに啜りながら、テツは目線をハイドに向けた。
同じようにコーヒーを口に運ぼうとしたハイドは

「けど、俺車あんねん」

残念そうに、俯いた。
けれど、そんなハイドに、軽々とテツはいう。

「明日、俺が送るよ。」

「え?」

その言葉の示した意味を聞き返したハイドに
テツは、わざと耳元に唇を寄せて、囁いた。

「もっと、ハイドと一緒に居たいしさ」

急に耳元で発せられた少し低めの声と
その言葉があまりに恥ずかしくて、赤面することを避けられなかったハイドは
照れ隠しで、ぐぃとコーヒーを口に煽った。

「熱っ・・・」

けれど、それはあまりに無謀だったらしく、舌が異常な温度に悲鳴を上げた。
その拍子に手元が狂い、カップが手元から離れて落ちた。

「ハイドっ!?」

隣に座っていたテツが、慌てて立ち上がった。
床に転がったカップを広い上げて、ティッシュでコーヒーをぬぐい取る。

「ハイド、平気?」

痛々しそうな顔で、ハイドを見るテツ。
一方ハイドは、少し涙を目尻に溜めたまま

「ひた、やけろひた〜」

心配そうに見ていたテツだったが、ふと口の端をあげた。

「じゃぁ、俺が消毒してやろっか?」

「なっ・・・・んぅっ・・!」

その言葉の意味を理解する間もなく、ハイドの唇は塞がれた。
消毒と称されて、交わされる口づけ。
割り込んできた舌が、自己の舌を絡めるように動き、背筋にぞくっとしたものが走る。
何度も、何度も角度を変えながら求めてくる口づけに、
息が続かず、なんとか離そうと必死で藻掻くハイドだが、
いつの間にか回された腕に、抑えられてうまくいかない。

ようやく開放されて、ハイドは空気を求めて荒い呼吸をくりかえした。

呼吸を完全に整える間もなく、またテツの唇が降ってくる。
しばらく口内を貪っていた唇は、耳元へと流れる。
耳朶をそっと甘噛みされて、思わず声がこぼれた。

「・・・・っはぁ・・・ぁ、ん・・」

久々に感じる感覚に、眩暈がしたような気がして、
テツの服を、ぎゅぅと掴んだ。

耳元で空気が揺れる。
流されそうな意識の端で、テツが笑ったんだとハイドは理解した。

「ハイド・・かわいい・・」

少し低めの、甘い声。

耳元で囁かれただけで、体が震えた。

大好きな、大好きな、暖かい声。
求め続けていたその声は、今耳元で囁かれている。
それだけで意識はもう蕩けてしまいそうで・・・

「・・・ん・・・てっちゃ・・」

溶け合う心地よさにまどろんでいると、不意に唇は離された。
無意識に、名残惜しそうな目線で追ってしまう。

「そんな顔せんの。・・じゃぁ、俺早よう片付けてくるな」

その目線に、笑いながらポンと頭をなでて、腰を上げた。

「べっ、別におかしな顔してへんっ!!」


焦がれる自分の気持ちを悟らせたようで、悔しくて
ハイドはそんな悪態をつきながら、テツの背中を押した。



*




囁かれた声が、頭の中でリフレインする。
心地よい低さ。
暖かい声音。

名前を読んでもらえるだけで、心が温かくなる。

またガラスの向こうで作業を始めたテツの姿を
ハイドは見つめたまま思う。

こうして見つめていられるだけで、嬉しい。
声を聞くだけで、安心できる。

そんなにも、彼のことを大好きなのだと・・・




愛しい人を見つめたまま、
ハイドは小さく微笑をうかべた。





end...





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COMMENT


こちらも、Identity の 文月綾 様に捧げた小説です。
HP再開記念として無理やり遅らせていただきました(^^;

テツハイ好き〜な文月さんに
記念に贈ろう・・・と書きはじめたもののガクハイ書いちゃったんで(^^;
あわわっ、とテツハイも書きました。
ざかざか〜っと打っていったので、なんだか内容薄くてごめんなさひ・・・
ネタもありがちやし・・・(あうぅ。)


でもっ、テツハイへの熱い想い、 文月さんへの愛をたぁ〜っぷり込めたので、
もらってやってくださぃ。


えっと・・・こちらも、本当に返却OKですので・・・
差し支えないようでしたら、もらってやってくださひ。

HP再開の気持ちを込めて・・・




Heavenly Feathers 管理人:桜歌彩音







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